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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2268号 判決 1973年3月14日

昭和四七年(ネ)第二、二六八号控訴人兼同第二、二六三号被控訴人

(以下、第一審申立人という)

今勝司

右訴訟代理人弁護士

岩渕秀道

昭和四七年(ネ)第二、二六八号被控訴人兼同第二、二六三号控訴人

(以下、第一審被申立人という)

株式会社富岡測量設計事務所

右訴訟代理人弁護士

赤羽俊一

外一名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用のうち昭和四七年(ネ)第二、二六八号事件に関する分は第一審申立人の負担とし、同第二、二六三号事件に関する分は第一審被申立人の負担とする。

事実

第一審申立人代理人は、「原判決を取り消す。債権者(本件第一審被申立人)株式会社富岡測量設計事務所、債務者沢野喜一間の東京地方裁判所昭和四一年(ヨ)第三、四二〇号仮差押申請事件につき、同裁判所が昭和四一年四月二二日付でした仮差押決定を取り消す。訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、第一審被申立人代理人は、「原判決を取り消す。第一審申立人の本件申立を棄却する。訴訟費用は第一、第二審とも第一審申立人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠の関係は、次に付加するほか、原判決書の事実欄に記載するのと同じであるから、これを引用する。

(第一審申立人の主張)

仮差押命令の申請が取り下げられた場合には、その申請にもとづいて発せられた仮差押命令は当然に失効するが、本件の場合のように仮差押執行が本執行に移行した後に本執行が取り消された場合には、仮差押命令自体は保全の目的を達成しないから、当然に失効するものではない。また事情変更による仮差押命令の取消は、必ずしも仮差押執行が本執行に移行される前に限定されるものではなく、その移行後でも仮差押命令の効力がなお存続中であればいつでもできるものと解され、本件の場合は前記のように右効力はなお存続中であるから、右事情変更による仮差押命令の取消はできるものであり、同様の趣旨を達するために、他に仮差押執行に対する執行方法に関する異議を申し立てる方法があることは、かかわりのないものと考える。

(第一審被申立人の主張)

一適法に開始し続行された競売手続が執行目的達成によつて終了した場合には、本執行およびそれに移行した仮差押執行がともにその効力を失なうことは当然である。しかし、仮差押執行が本執行に移行した後に、執行裁判所が強制競売をしてみても剰余の見込みがないと判断しこれを取り消した場合は、右執行目的達成の場合と同視することができない。客観的には剰余の見込みがあつて、執行目的達成可能なことが間々あり、また剰余の見込みがないとの執行裁判所の判断はその時点での一時的なものであつて、その後における不動産の値上り、もしくは優先担保権の消滅などにより、他日目的達成が可能になりうるからである。

本件においては、目的不動産の価額が騰貴しており、また強制競売申立時に存在していた優先担保権はすべて消滅しているのである(甲第一、第二号証参照)から、第一審被申立人は現時点において充分に債権の満足を得られるのである。

二強制競売申立の取下げがあつても、さきにその目的不動産に対してなされた仮差押の効力は消滅するものではない(昭和三四年一月六日法曹会決議、同決議要録二三二頁参照)。そうすると、執行裁判所が強制競売手続を進めてみても剰余の見込みがないとして執行取消の決定をした場合であつても、その確定前に強制競売の申立を取り下げたならば(この段階で右申立を取り下げうることには異論がない)、仮差押の効力は消滅しないのに反して、申立を取り下げなければ、仮差押の効力は消滅することになる。

このように債務者および他の債権者らに関与の余地のない競売申立の取下げの有無および時期という形式を基準として、仮差押債権者の地位にかかる重大な差異を生じさせることは甚だしく権衡を失するものといわねばならない。すなわち、剰余の見込みがあるか否か微妙な事案において、積極的に権利を実現しようとする勤勉な仮差押債権者には不当な危険を負担させ、他方権利の上に眠る仮差押債権者には保護が与えられることになり、その如何によつて債権者および後順位担保権者に思いもかけぬ不当な利益を与えることにもなり、一般の正義の観念に著しく反する結果を生じさせることになるといわねばならない。

三本件土地は、青森県浅虫温泉の近隣に所在し、第一審被申立人のなした二万二千坪の測量工事にもとづき宅地造成された土地の一部であつて、地目は現在山林から宅地に変更されており、最近の土地ブームに乗つてその価額が異常に騰貴しているのみならず、剰余の見込みがないとして取り消された当時に存在していた根抵当権設定登記もすべて抹消されている実情にある。第一審被申立人は工事測量代金一〇〇万円を訴外沢野喜一より未収のため、確定判決にもとづき、本件土地につき強制競売を申立てようと準備していた矢先に本訴を提起されたのである。第一審申立人は、本件土地に第一審被申立人が仮差押をしていることを知つて取得したのであるから、本件仮差押の効力が存続しているからといつて、同人に不測の損害を与えることはないのである。

理由

一第一審申立人主張のとおりの経過で本件仮差押決定、その執行方法としての登記記入および強制競売開始決定がなされたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一、第二号証によると、青森地方法務局昭和四一年一二月二七日受付第三〇、五一四号をもつて、本件土地につき強制競売申立の登記記入のなされたことが疎明される。したがつて、前記仮差押命令の執行が強制執行(以下、これを本執行という)に移行したものというべきである。そして、右強制競売手続が進められたが、その後同手続が民事訴訟法六五六条二項により取り消されたことは当事者間に争いがなく、前顕甲第一、第二号証によると、前記強制競売申立登記は、青森地方法務局昭和四二年七月二九日受付第一七、九一七号をもつて、右の取消を原因として抹消登記されているが、前記仮差押登記はそのままの状態で存置されていることが疎明される。

二そこで、右の場合における仮差押執行の効力について審究する。仮差押執行のあつた後に、債権者が債務名義を取得し、右仮差押の目的物につき本執行を申立てると、仮差押執行の効力は当然に本執行に移行するのであるが、たとえば法律上本執行ができない場合であるのに誤つたか、債権者の錯誤による申立であるか、債務名義についての仮執行宣言が取り消されたかなど、結果的に本執行の開始続行がなされるべきでなかつたことによつてその開始続行が取り消されたときには、仮差押執行の本執行への移行が失効し、仮差押執行の効力は当然に本執行に移行する前の状態に回復するけれども、適法に開始続行された本執行につき、右にあげた仮差押執行の効力が回復する事由がなく、本執行手続が終了したときは、本執行およびその先行をなす仮差押執行は運命を同じくし、その効力を失なうにいたるものと解するのが相当である。これを本件についてみるのに、第一審被申立人の申請により本件土地に対する仮差押の執行がなされた後に、同じく第一審被申立人が右土地に対し本執行の申立てをなし、その開始続行があつたのであるが、結局民事訴訟法六五六条二項によつて本執行たる強制競売手続の取消決定がなされたのであるから、その確定により右本執行手続が終了し、その先行をなす本件仮差押執行の効力も失われたものといわなければならない。

三第一審被申立人は、執行裁判所が民事訴訟法六五六条二項に該当するとして強制競売手続の取消決定をする場合にも、優先債権額が現存債権額より小額であること、現実の競落価額が最低競売価額よりはるかに高額であることなどのため、客観的には剰余の見込みがあつて、執行目的達成の可能な場合が往々にしてあり、また右剰余の見込みの有無の判断は一時的なものであつて、競売目的物件の値上り、優先債権の消滅などの事由により後日右剰余の見込みを生ずることもあるから、右取消決定があつたからといつて、直ちに仮差押執行の効力まで失わせるのは相当でないと主張する。しかしながら、もし債権者において執行裁判所の右見込みの有無に関する事実認定に不服であるならば、その取消決定に対し即時抗告の方法によつて争いうるし、また将来剰余の見込みの生ずる確信があるならば、右取消決定の確定するまでの間に競売申立を取り下げて事態の好転をまつなどの途が開かれているのであるから、右主張は十分の根拠がなく採用の限りでない。

さらに第一審被申立人は、仮差押執行が本執行に移行した後に債権者が本執行の申立を取り下げた場合に仮差押執行の効力が失われないのに対し、前記法条による取消決定が確定した場合に仮差押執行の効力が失われるとするのは妥当でないと主張する。しかし、前者は債権者が錯誤その他なんらかの意図のもとに自発的に本執行の申立を取り下げることによつて、本執行手続だけを撤回し、その効力を失わせようとするものであるのに対し、後者は債権者の意思いかんにかかわりなく、本執行手続を続行する意義がないとして、職権で本執行手続を終了しその効力を失わせるものであつて、両者は本質的に性格を異にするので、両者の効果を異別に取り扱うことには十分な理由がある。むしろ両者の権衡を考えるならば、本執行を続行した結果たとえ僅少の剰余があつたとしても、それによつて執行の目的が達成され、その移行前の仮差押執行の効力が当然かつ完全に失われるのに、剰余の見込みがないとして本執行の取消決定がなされたときに右仮差押執行の効力が失われないとすることが権衡を失するというべきである。

四以上のように、仮差押執行が本執行に移行した後、本執行の取消によつて仮差押執行の効力も失われる場合には、本執行命令(強制競売開始決定)はその目的を終了し、将来に向つて効力を失うのはもとより、本執行命令に先行しこれに吸収された仮差押命令自体も仮差押による保全目的を終了し同時にその効力を失い、その後は仮差押命令自体が独立して存在することはないものというべきである。

第一審申立人は、事情変更により仮差押命令の取消を求めるのであるが、本件仮差押執行の本執行への移行とともに本件仮差押命令は本執行命令に吸収され、しかも本執行命令もすでにその効力を失つているのであるから、取消の対象を欠き申立自体不適法たるを免れない。(なお、以上のように、本件仮差押にあつては、その命令、執行ともに失効しているにもかかわらず、なお仮差押登記が残存しているのであるが、かような場合には、別途に執行裁判所に対しその職権による抹消措置を求め、あるいは執行方法に関する異議を申立てをすることが考えられる)。

五よつて、本件申立を不適法として却下した原判決は相当であつて、第一審申立人および第一審被申立人の本件控訴はいずれも理由がないのでこれを棄却し。控訴費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。(畔上英治 岡垣学 兼子徹夫)

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